2018/11/06

コストのかかるコミュニケーション

こんにちは。

リバース・フロウの清原です。

 

少々、お久しぶりです。。。

最近、久しぶりに会う人によく言われました。

「あれ?最近、メルマガ届ていないけど?」

 

それを聞くたびに、こんな記事でも楽しみに

待っていてくれる人たちがいるんだ、と

感謝している今日この頃です。

 

 

さて、私の方は年間でも、最も激しい多忙期を

迎えています。

そして身の回りでは、ふたつのことが起きま

した。

 

ひとつは、オタク長男の高校受験の合格です。

推薦枠で入れました。

 

エスカレーター式の高校をあえて蹴って受験

した、あこがれのプログラミング学科になん

とか合格し、彼は彼なりの人生を歩んでいく

らしいです。

 

 

もうひとつは、当社リバース・フロウの体制

が大きく変わろうとしています。

 

近々リリースする予定ですが、組織体制を

強化し、新メンバーが何人か加わる予定です。

これまでにない、理想の組織のあり方を追求

していこうと思っています。

商店スタイルはもう店じまいです。

 

 

 

さて、久々のテーマは、

「コミュニケーションにかかるコスト」に

ついて考察したいと思います。

 

ある本で読んで、なるほどと思いました。

 

 

いま世界の政治経済のトレンドは、

 

独裁

 

だということです。

 

 

一見、穏やかでない言葉です。

 

 

しかし、これは事実です。

 

国のリーダーをよく思い出してみてください。

 

すぐ思いつくのは、

・アメリカ合衆国

・ロシア

・中国

・ブラジル

・北朝鮮

・サウジアラビア王国

・日本(私はそう思う)

 

小さな国では

・ベラルーシ

・フィリピン

・アフリカのだいたいの諸国

 

などなど。

 

 

そして、ドイツなど、理性的と言われてきた

かつてのリーダーたちが、次々と国民の支持

を失っています。

 

これはいったい、どうしたことか。

 

でも、これが今の世界のトレンドという、

紛れもない事実です。

 

私が最近読んだその本によれば、独裁が

トレンドとなった背景には、

 

「合議制など、民主主義的な意思決定に

かかるコストに、国家が耐えられなくなって

いる」

 

とのことでした。

 

つまり、

 

お金も時間も含めて、皆の賛同を得るための

コミュニケーションにかけている余裕が、

もうない

 

ということなのです。

 

 

なるほど。

妙に納得してしまいました。

 

たしかに、世の中の流れは、ハンパなく速い。

価値観、新たな秩序はどんどん移ろいます。

働き方の変容、AIやRPAの台頭、自然災害も。

 

目まぐるしい世の中です。

 

多数の合意を待っていては、ともすると

「時すでに遅し」となるでしょう。

 

変化に際し、いちいちコストをかけて吟味

するよりも、信念をもってすぐに決断する

というスタンスが、どうやら世の中では

ウケているのです。

 

とにかく民主主義には、カネも時間もかかる

ことは間違いありません。

 

 

 

で、そんな世の中で問われているのは、

 

じゃあ、コミュニケーションて何よ?

 

ということなのではないでしょうか。

 

 

「こんな変化の速い時代、時間をかけて

じっくり対話することって、本当に必要

なの?」

 

そんな疑問を多くの人が持つことは、むしろ

自然です。

 

では、ビジネスコーチとしての私の結論は

こうです。

 

「必要にきまってる」

 

なのです。

 

 

コミュニケーションは当たり前に必要だし、

なければならないのです。

 

 

じっくりコストをかけるコミュニケーションは

むしろ、これからますます必要です

 

しかも、それは、リーダーだからとか、

親だから、とかいうものではありません。

 

とりあえず現代に人として生まれたなら、

宿命的に、コミュニケーションを取る力は必要です。

 

 

昔は良かった。。。と思うかもしれません。

 

コミュニケーションが苦手な人は苦手な人で

絵をかいたり、伝統工芸やったり、職人に

なったりして、オンリーワンの生き方ができて

きました。

 

しかしながら、現代は違います。

 

「社会性」というキーワードが、現代に生まれ

落ちた私たちには、すみずみまで求められる

ようになったのです。

例外なく、聖域なく、です。

 

生きていきたいんなら、社会性を背負え

だから、コミュニケーションはおのずと必要。

 

というわけです。

 

トホホ。。。

ダイバーシティの時代なのに。。。

 

コミュニケーションぐらい下手でも、それは

それで「あなたらしい」と言われてもおかしく

ないだろうに。。。

 

なのに、今の時代はなに?

 

誰もがコミュニケーション力を持たねばなら

ない、という

 

ある意味「ステレオタイプ」の時代に戻って

しまったような気がしてなりません。。。

 

窮屈さを感じる現代人も多いでしょうね。

 

 

 

 

まあしかし。

 

 

悲しいかな。

これが私たちが生きている時代です。

 

 

私はこれからも、あくまでリアリストであり

たいと思っています。

 

嘆くよりも、現実を受け入れます。

そこから、どうやってハッピーになるかを

考えるタイプです。

 

 

そして、今一度、「コミュニケーション」に

ついて考えてみたいと思っています。

 

そろそろ現代に合わせて、この言葉の定義を

新たなにする必要もあると感じています。

 

独裁のトレンドの中、コミュニケーションに

かけるコストがムダだと思われつつある

この社会で、あえて考察を深めたいと思います。

 

 

コミュニケーションの意義。

 

それは、

 

自己実現するための最強の手段

 

であることです。

 

 

AIやPRAなどにより、私たちが抱えている

仕事の半分はつまり、「どうでもいい」こと

だと、10年内に判断されるみたいです。

 

私たちは、秩序が壊れていく過程を、会社を

通して目の当たりにしています。

 

もはや、会社のヒエラルキーの中で生き、

 

「階層を上に行けば、自分の価値を確認

できる」

 

という時代は、終焉を迎えます。

 

役職や地位、給料の多さが、その人の価値を

決めてきた時代が終わりつつある、というこ

とは、もう明々白々の事実です。

 

 

では、我々が「幸せだなあ」あるいは、

「やったぞ」と感じる達成感みたいなものは

どういう場面で創出したら良いのでしょうか?

 

仕事で出世することでも、

部下をたくさん持つことでも、

ボーナスをたくさんもらうことでもないと

したら。。。?

 

 

それは、「自己実現」なんだと思います。

 

 

自己実現とは、

 

自分の個性や能力を、余すところなく発揮する

 

という意味です。

 

 

もう、仕事の生産性向上も限界が見えてしまい、

仕事のスキルも、AIやRPAによって追い詰めら

れた我々は、

 

素直に、「自分を生きる」ことにフォーカスす

べきときなんだと思います。

 

競っても、誰かに負けます。

勝ったとしても、テクノロジーに負けます。

 

もちろん、「競い続ける」ことが自己実現だ

という人もいるでしょうけど。

 

我々が向かう先は、生産性の追求ではなかっ

たりするのではないでしょうか

 

それは、我々が人間である限り、どこまで

行ってもキリがない世界です。

 

 

では。

 

自己実現をするには、何が必要なのでしょう?

 

それは、

 

人との関わり

 

です。

 

 

自己実現というのは、人と関わることを通して

自分を見つめ、自分らしさを発見できるのです。

 

自分で部屋に閉じこもって、本やウェブサイト

で発見できるものではないのです。

 

人と関わり、気づかされ、自分をとり戻す

 

そんな作業が繰りかえされることが、自分の

成熟した人生を築いてくれます。

 

 

だから。

 

わざわざ、一見めんどくさいコミュニケーション

が必要なのです。

 

 

あらためて。

 

これからのコミュニケーションとは、

 

自己実現をするための最も有効な手段

 

だと認識しています。

 

 

そして、そのためのコスト。

 

それは、つまり、コミュニケーションをとる

ときの、対人関係で生じる

摩擦。

お金。

時間。

これらすべてを言います。

 

われわれは、一国のリーダーではありません。

 

せいぜい、2~3000人ほどの所帯のリーダー

です。

 

この国を背負って、未来のために決断する

役割は、幸い、背負っていないのです。

 

 

ですから、今目の前の人が大切なのです。

 

その人との関係を大切にし、その関係から

自分を知ることに、コストを惜しんでは

なりません。

 

コミュニケーションにコストはつきもの。

 

私はこれを肝に銘じています。

 

 

 

~人生とビジネスをフローにするために★☆

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

 

世間なんかなくっても
やっていけると考える人は、
よほど自分を
だましている人間である。

 

しかし、自分がいなければ、
世間はやっていけないと思う人間は、
それ以上に間違っている。

 

 

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2018/08/13

会社にとって最大の敵は…

こんにちは。
リバース・フロウの清原です。

 

お盆休みを取られている方も多いかと思います。

私も人並みに、今回は少し長めの休みをとって

実家の飛騨高山で山籠もりです。

 

高山が大好きな子供たちと川に潜って魚を獲った

り、BBQをやったりと、いつも通りの、でも私に

とっては非常に創造的な時間を過ごせました。

 

皆さんもきっと、思い思いの夏の過ごし方をされ

ているかと思います。

 

 

 

今回のテーマは「会社にとって最大の敵」。

 

その正体と、付き合い方について私なりの考察

と取り組みを共有させていただきます。

 

 

いきなりですが、社長に質問です。

 

いま、御社にとって何がもっとも心配事ですか?

 

・売り上げや利益が伸びないこと?

・人が育っていないこと?

 

様々あるかと思います。

 

 

では、会社の成長の足を引っ張る原因は何だと

お考えですか?

 

それはおそらく、

 

社員の

「責任感の欠如」、とか

「責任回避」、とか

「問題意識の低さ」、などに集約されそうです。

 

私は長年(といっても7年半)、様々な会社や

組織と関わらせていただきながら、ほぼ確信

しているひとつの結論があります。

 

それは、

 

 

会社の最大の敵は「無関心」である

 

 

ということです。

 

 

無責任さも、他責も、問題意識の低さも、

 

すべてはこの「無関心」から生じているもの

 

と言えます。

 

 

 

思い当たりませんか?

 

 

 

誰にも拾われないままの、床に落ちている

小さなゴミ。

 

汚れたままの社員用トイレ。

 

インクが補充されないままのホワイトボード

用のペン。

 

手垢のついたままの会議室の窓。

 

灰皿に山盛りになったままのタバコの吸い殻。

 

 

あるいは、

 

 

会議中の社員の発言の少なさ。

 

他部門で起きたトラブル時の、連携のなさ。

 

読まれないままのメール。

 

挨拶すらない朝の職場。

 

 

 

こうした、残念な現象。

 

これは、小学校の話ではありません。

 

れっきとした大人が毎日通っているカイシャで

の話です。

 

いま日本は、カイシャでこんなことを日常的に

やっている大人たちが、子供を教育しているの

です。

 

 

そして、これらすべての原因は明白です。

 

 

「無関心」

 

 

これによる弊害だとと、ますます確信を深めて

います。

 

 

多くの社長は言います。

 

「そうなんですよ。うちの社員たち、お互いに

関心がないみたいで…」

 

社長から見たら、それも事実なのでしょう。

 

 

 

1.無関心を生む要因

 

ではここで、職場の「無関心」がなぜ起きるの

かを考察してみましょう。

 

無関心を生む要因:

1)発言した人が責任を取らされる

2)面倒に巻き込まれたくない

3)気づいたのを良いことに、会社からうまく

利用される(不信)

4)言ったところで何も変わらない(あきらめ)

5)かえって叱られる(恐れ)

6)別に、放っておいても困らない

7)ヤバくなったらいつでも辞められる

 

などが、無関心を生んでいるのではないでしょうか。

 

 

集約すると、無関心のトリガーは3つです。

 

「不信感」

「あきらめ感」

「恐れ」

 

 

賞味期限の迫る、年老いた会社員は言います。

 

「若い社員たちは自己主張せず、無関心を決め

込んでいる」と。

そして、ゆとりだのさとりだのと、レッテルを

はって騒いでいます。

 

ここに、あるデータがあります。

 

ある地方の団体がおこなった、若者たちへの

「関心」に対するアンケートです。

 

http://dohijun.boy.jp/wp-content/uploads/2014/03/e59bb32.png

 

ここには、若者たちが、少なくとも無関心ではない

ということが証明されています。

 

ただ、彼らの大半が、会社に対してアクションを

取ることよりも、「だまっておく」という選択を

取っているのです。

 

つまり彼らは、無関心なのではなく、

 

自己主張することに、メリットよりもリスクを

 

感じている、というのが事実のようです。

 

 

まずは、この事実を押さえないといけません。

 

 

無関心というポーズを決めさせている原因は

 

どうやら、会社側にもあるようです。

 

 

 

2.無関心が会社にもたらす弊害

 

では次に、「無関心」はいったいどんな弊害を

会社にもたらすのでしょうか?

 

いくつかあります。

 

1)問題が見過ごされる

 

2)大勢(声の大きい人)になびく

 

3)不正がまかり通るようになる

 

4)顧客の変化に鈍感になる

 

5)私情を優先し、他者との連携がとれなくなる

 

6)失敗だけはないように従来のやり方を踏襲する

 

7)市場からの評価に鈍感で新たな開発が途絶える

 

 

どれも恐ろしいですが、結局これらの行く先は、

 

会社をゆっくりと”死”に追いやることになるのです。

 

 

 

無関心は、会社を滅ぼします。

 

 

 

3.たったひとつの打てる手を打つ

 

 

私がビジネスコーチングの観点から取り組んでいる

手だてはいくつかありますが、その本質をひとつ

共有します。

 

それは、以前のメルマガでも触れたのですが、

 

 

当事者の「問題意識」を掘り起こす

 

 

ことです。

 

「どうなりたい?」とか、

「どうしたいと思ってる?」という質問は、

いかにもそれらしく響きますが、ほとんどのケー

スで、なにも答えを引き出せません。

 

 

「何に不満がある?」

 

「何に憤りを感じている?」

 

「納得いかないことは?」

 

「あきらめたことは何?」

 

「不審に思ったことは?」

 

 

不満・不安を「問題意識」としてとらえ、

それらを、深いレベルから丁寧に組み上げていく

取り組みが必要です。

 

結局、地味ですが、それこそが本質的な解決

の手だてです。

 

 

さらに、そのために必要なことがあります。

 

 

それは、

 

信じられもしない上司から「不満は?」と

聞かれても、答えるはずがない。

 

という事実を踏まえることです。

 

きっと利用されるだろうし、逆手に取られて

叱られる、糾弾される、と部下たちは恐れて

いるいうことです。

 

私も昔、銀行員だったときにこういう経験が

ありました。

 

何か言うとすぐ「体制を批判しているのか?」

と詰め寄られる。

そのうち、何も言う気がしなくなりました。

大いなる慣性と思考停止。今では懐かしく思い

出されます。

 

 

問題意識を掘り起こすには、まずは会社側が

受け入れる体制を整えないといけません。

 

それにはとうぜん、まず社長から取り組むべ

きなのです。

 

ビジネスコーチングが、ビジネスの現場で活き

るのは、まさにこういうときなのです。

 

 

「無関心」を会社から切り離し、

 

相互扶助による創造性を高める。

 

 

その取り組みは、まさしくブーメランのように

ご自身の取り組みから始まるのです。

 

 

会社から、ニュートラルなフィードバックが出て

来なくなったら、それはもう「終わりの始まり」

だと思ってください。

 

情報はビジネスの命。経営判断の素材です。

 

そして、「無関心」がそれを阻みます。

 

会社から無関心を切り離すためにも、まずは

「問題意識」を丁寧に組み上げましょう。

 

 

御社のさらなる成長を祈って。

 

 

 

 

 

 

ご相談をお待ちしています。

 

 

~人生とビジネスをフローにするために★☆

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

敵がほしければ、味方より偉くなるだけでよい。

 

味方がほしければ、味方を引き立ててやればよい。

 

 

 

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2018/07/13

若手を育てる人の「昭和ノスタルジー」

こんにちは。
リバース・フロウの清原です。

 

西日本の豪雨による被害に遭われた方々に

心よりお見舞いを申し上げます。

 

 

悪天候、そして暑い日が続きますね。

温暖化の影響であることは、どうやら間違い

ないようです。

 

私たちひとりひとりに「地球にやさしい生き

方」が真剣に問われています。

 

手遅れになる前に、そして

私たち世代で地球を終わらせないために、

今日一日をどう過ごすかを、考えていこう

と思います。

 

 

 

さて、今回のテーマは「組織の同質化」に

ついてです。

 

 

先日、ある企業の中間管理職向けに、人材

育成についての研修をさせていただきました。

 

私の研修は、「いつでも質問・中断OK」と

しています。

 

疑問が生じた際は、その場ですぐに解決して

進めてほしいとお伝えしているので、研修中

は質問がどんどん出てきます。

 

そこで、ある新任管理職のの方から質問を受

けました。

年代的には、私とだいたい同じ40代の方です。

 

 

「私たちは学生の頃から、体育会系で育て

られてきました。

 

部活のサッカーでは、水は飲ませてもらえな

いのはあたりまえ。

 

トイレすら行かせてもらえず、倒れたフリを

して、グラウンドの土を掘り、わずかな水を

すすっていました(皆どよめく)。

 

ところが、今の若い世代は、とにかくナイー

ブです。

叱るどころか、少し注意しても大げさに傷つ

き、身動きが取れなくなる。

 

そのくせ、やらない理由は一人前(皆笑う)。

 

私たち世代とあまりにも違うのです。

 

やっぱり、どうしようもないヤツって、いま

すよね?

そういうヤツは、もうあきらめても良いんで

しょうか?」

 

こんな質問でした。

 

 

 

「やつは優秀な大学卒業したのに、使えない」

 

 

このたぐいの辛辣なコメントは、多くの企

業において、昔から変わることなくささか

やかれていますね。

 

時代がいくら変わろうが、私が新社会人と

なった20数年前から、少なくとも変わって

いないような気がします。

 

 

少子化、IT革命、情報革命、AIの時代…

そして、「平成」の終焉…

 

これだけのことが猛スピードで変化していく

のをよそに、なぜいっこうにこの問題は解決

しないのでしょうか?

 

 

先の、質問された方には、私はこのように回

答しました。

 

 

「気持ちは、よくわかります。

どうしようもないヤツはどうしようもない。

 

ある意味正しいと思います。

 

ただ、それは、私たち上司が判断した瞬間、

本当に彼は”どうしようもない人間”と決まっ

てしまいます

 

そして御社の中で、この瞬間から、ずっと

”どうしようもない人間”というレッテルが

貼られたまま、会社にいることになるわけ

です。

 

上司が最初に部下に貼るレッテルとは、

本当に恐ろしいものです

 

そして…

私たちが若手に文句を言いたくなるとき、

だいたいの場合が”昭和へのノスタルジー

にすがっている、ということはハッキリ

言っておきます。

 

私も”団塊ジュニア世代”。

昭和への郷愁を感じる気持ちはわかります。

 

でも、ですよ。

そんなに、昭和の時代って、

私たちがされてきた教育って、

正しかったでしょうか?

 

その教え通りに、ニュータイプの彼らを

導いたとして、彼らは成功しますかね??」

 

 

質問をしてくれたそのマネージャーだけ

でなく、その他40名の受講者の皆様は

一様に、

 

「うーん…」とうなりました。

 

 

 

若手に感じる、ヒエラルキーのカベ。

 

時代が求める価値に、忠実にしたがって

きた人ほど、そのカベは高く感じるもので

しょう。

 

あの無意味で、ナンセンスな「部活文化」

は、私にとっても、「社会」を思わせる

初めての世界でした。

 

先の、サッカー部員の話でなくとも、

バスケ部だった私も、毎日コーチに顔を

殴られたり、体を蹴られたりしていました。

 

そういう状況で、

「社会って、こういうものなんだ」

と無意識に、社会というものを部下に投影

し、刻み込んでいたと思います。

 

 

こうやって、昭和という時代は、まだ従順

な子供の脳みそに、

 

「社会=目上の命令に絶対服従」

 

という公式を強烈に刻み込んでいきました。

 

 

これを私は、人材育成における「昭和ノス

タルジー」と呼んでいます。

 

昭和ノスタルジーとは、

 

部活文化から受け継がれてきた「同質化」。

 

その「同質化」に感じる郷愁です。

 

 

生まれ落ちてから社会に出るまで、やたら

と人口が多かった私たち世代は、

学校や部活で、かなり「雑」な扱いを受け

て来たと思います。

 

育てる側からすれば、一人ひとりの「個性」

など二の次。

そんなものにイチイチかまっていたら、この

大勢いる生徒や部員たちをまとめられません。

 

なので、やむなくこう言うわけです。

「皆に合わせろ。右にならうんだ。

皆と同じであるかぎりは、問題ない」

と。

 

「同質化」とは、こういうことです。

 

 

私たちはつまり、

 

「同質化」が普通だという価値観を無意識

 

のうちに、刷り込まれてきた世代と言えます。

 

 

そして悲しいことに、人は、自分がされて

きたことを、そのまま人に対しておこなう

習性をもちます。

 

犯罪者の子供に犯罪率が多いように…

 

貧困家庭で育った子供がやはり貧困になるように…

 

 

そして当然、私も、私たち世代も、「同質

化」が悪いことだとは思わず、無意識に、

 

「私と同じことをやっておけば問題ない」

 

と、下の世代に迫ることになるわけです。

 

 

たしかに必要だとは思いながらも、

 

「個性の活かし方」など、知る由もありません。

 

 

もはや日本企業のお家芸である「パワハラ」

問題が後を絶たないのも、本質的には部活文

化があるせいだと、私は解釈しています。

 

 

昭和のノスタルジーにすがる構図は、

こうやって社内に根強く残っていきます。

 

 

しかし、昭和も終わり30年が経ち、平成も

終わろうとしている今、

 

いい加減私たちは、目を覚まさないといけ

ません。

 

「異質こそ、創造のタネ」

 

である事実を受け入れなければいけません。

 

 

純粋培養の土壌に混入した「異物」。

 

 

異物はそのまま土壌に同化されていくか、

 

あるいはまったく異なる異質の土壌に

 

作り変えてしまいます。

 

 

しかし、もう「同質化」で成功できた

時代は終わっています。

 

 

ビジネスの成功原則そのものが、

 

「同質化」から「多様化」に変わって

 

いるのです。

 

 

「価値観が合わない」

「考えていることがわからない」

「私のやり方とは違う」

 

というのは、「同質化」時代では毛嫌い

される理由となりました。

 

でも、「多様化」時代では、歓迎される

べき理由になるのです。

 

 

異物が混入してくれば、最初は当然、混乱

が生じます。

 

でも、その異物は、

 

それまでの「あたり前の異常性」を指摘

 

してくれる存在になります。

 

 

存在価値自体が疑われるほどに、つらい

混乱になるかもしれません。

 

 

しかし、その異物によって突きつけられる

 

摩擦の、一つ一つを冷静に検証することは、

 

それまで見過ごされてきた特殊な異常性に

 

決着をつけ、さらに一つ上のステップに

 

上がることができるチャンスでもあります。

 

 

 

若手のひとつひとつの行動はたしかに、

未熟で礼儀知らずな部分もあるのは事実。

 

しかし、それにいちいち腹を立てることが

あれば、その瞬間に、

 

「なんでこんなにいら立つのだろう?」

 

と自問してみてください。

 

 

そこには、我々の立ち位置から、

 

根本的にやり方を見直す機会もあるのです。

 

 

異物は、刺激をくれます。

 

 

刺激を「なかったこと」にするのではなく、

 

今のわが社に何が必要とされているのか?

 

を考え、必要があれば根本から作り直す機会

 

にしてほしいと、私は思います。

 

 

そんなときに効果を発揮するのは、この

たったひとつの問いかけです。

 

 

「なんで、そう思うの?」

 

 

そう問いかけてあげてください。

 

 

その答えを、下手でも、意味不明でも、

まずは聴くのです。

 

 

 

「だから、ダメなんだ」

「私の若い頃は、黙って従ったもんだ」

なんて、ナンセンスなセリフは、間違って

も口にしていはいけません。

 

二度と、その人は「異物」として機能して

くれなくなります。

 

もちろん、マナーなど、普遍的なルールに

ついてはその対象ではなく、厳しく教える

必要はあります。

 

 

でも、そうでないかぎり、

 

異物を受け入れるのです。

 

 

そのためには、昭和へのノスタルジーを

捨てる、つらい努力が必要だと思います。

 

ただ、これは飛躍的な創造の一歩でもある

のです。

 

 

貴社の、これからの飛躍的な創造性が発揮

されることを願っています。

 

 

 

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~人生とビジネスをフローにするために★☆

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

ほんとうの騙され方とは、

 

自分がほかの誰よりも一枚上手だと

 

思い込むことである。

 

 

2018/06/26

成長する人はやっぱり…

こんにちは。
リバース・フロウの清原です。

 

梅雨にも関わらず、日照りが続いていますね。

またもや今年も「梅雨、明けてました」宣言

となるのでしょうか。

もはや、真夏です。

 

このメルマガ読者の皆様や、クライアントの

皆様にはおなじみの、私の長男のネタをまた

ひとつ。

 

学校から配布された進路調査のアンケートが

あったのですが、その中の「将来就きたい職業」

の項目に、「パート」と明記されていたのを

発見してしまいました…

 

5歳まで、「宇宙飛行士になりたい」と言って

いた彼は、いまや「パートになりたい」と

言ってるわけです。

 

何とコメントしたら良いか、迷いました。

 

 

世間では、「職業に貴賤はない」と言います。

 

しかし、私の意見は違います。

職業に、貴い、卑しい、はあります。

 

明確に否定しますが、「パート」が卑しい

ということではありません。

 

私は子供たちが幼い頃から、仕事について

口酸っぱく言ってきたことがあります。

 

それは、

「体を売ること。

ホームレスになること。

ニートになること」

 

この3つだけにはなってほしくないと言って

きました。

 

押しつけと言われてもけっこう。

私の勝手な職業観なので、何を言われて

も変えるつもりはありません。

 

仕事とは「人生の可能性を広げる」ものだと

思っています。

 

職業とは「自分にしかできない価値創造」

だと思っています。

 

私は上の3つの仕事以外だったら、子供たち

に口を挟むつもりはないです。

 

ところが、「パートになる」と書かれている

のを見て、思わずうなりました。

 

彼にとっては、また口うるさい親父が介入

してきた、と思ったことでしょうが、

 

可能性をあきらめるな、とだけは伝えられて

いれば良いかなと思っています。

 

しかし、職業観もまだ未熟な彼にとっては、

「じつは、よくわからない」というのが、

正直なところなのでしょう。

 

まあ、超反抗期で、何も話そうとしない

から、本音はわかりませんが…

 

 

 

というわけで、今回のテーマは「成長」に

フォーカスしたいと思います。

 

 

 

世間では、

「人は経験によって成長する」

と言われますね。

 

さて、この定説は、本当なのでしょうか?

 

 

私は疑っています。

 

経験しても成長しない人を、過去にたくさん

見てるからです。

 

もしかすると、私自身もそんな部分を持って

いるかもしれません。

 

 

経験だけでは、人は成長はしないです。

 

なぜかといえば、経験は、成長の必要条件。

 

つまり、前提でしかないと思います。

 

 

人が成長するためのの、十分条件とは

 

「解釈」

 

です。

 

 

経験し、そこから何を学ぶのか?

 

それは、

 

起きたこと(経験)を自分なりに解釈する

ことが必要です。

 

それを、次に生かすパワーも必要です。

 

 

「経験」+「解釈」→ 成長

 

 

というプロセスを経て、成長するのだと

思っています。

 

「経験豊富」をうたっているコンサルタント

や経営者が、世の中にはたくさんいます。

 

ところが、その人たちのいったいどれほどが

「解釈」によって、成長してきたのでしょう

か?

 

いくら豊富な経験があっても、

がっかりするほど

 

ボキャブラリーがなかったり、

 

人を教えられなかったり、

 

独りよがりだったり、

 

人格的に崩壊していたり…

 

 

こんな人たち、皆さんの周りにも何人か

いるはずです。

 

 

 

ここで、整理しましょう。

 

===================

 

 

・経験は、人や環境から与えられるもの。

 

 

・解釈は、自分でするもの。

 

 

===================

 

 

つまり、

「経験豊富」は、自慢にならないのです。

 

 

例えば、

若手のビジネスパーソンが、仕事の最前線

で、修羅場のような経験をした、とします。

 

それは、そもそも、彼がひとりで勝手に

修羅場に乗り込んでいったわけでなく、

 

彼の上司が、心を鬼にして送り込んだ修羅

場環境だったのです。

 

その経験は、愛情深い上司のおかげです。

 

 

つまり、我々は、

好き好んで経験を積んでいることって、

それほどないのです。

 

 

かくいう私も、

 

20代の頃の、ニートからの翻訳家デビュー

のときだったり、

 

9年前のリーマンショック直後の銀行員時

代だったり、

 

3年前、独立する直前に巻き込まれた

ゴタゴタだったり、

 

思えば、3度ほど修羅場を味わいました。

 

 

が、これらはみな、当時の環境が私をそう

いう状況にしただけです。

 

私が好き好んで、修羅場を作って経験した

わけではありません。

 

 

ということは。

 

たとえ少ない経験であっても、そこから

たくさんのことを学び取ることで、次の

糧(かて)にすることができるはずです。

 

 

これを言っては元も子もない、のはわかっ

ていますが、あえて言います。

 

 

人は頭が良くないと成長しない。

 

 

これは、真実なのではないでしょうか。

 

 

つまり、

 

経験から学ぶ姿勢。

 

自分に起きたことを振り返る勇気。

 

それらすべてを次に生かすための解釈。

 

 

それらが備わっているからこそ、

 

「経験豊富で頭が良い人」がとても尊敬

 

されるのだと思います。

 

 

 

さて、社長。

 

私たち経営者は、社員を成長させるために、

ここから何ができるでしょうか?

 

それはひとつだけ。

 

「失敗させること」です。

 

 

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私の「解釈」によると、

会社員の多くは「成功」からは、それほど

学びません。

 

学ぶどころか、

 

テキトーに周りや上司に感謝したフリをし、

結局は「これが私の実力だ」と、

ラッキーだったのをそのまま実力だと

勘違いし始めるのです。

 

こういうタイプが、いずれモンスター社員

になっていく可能性もあります。

 

 

そうです。

「失敗」こそ、多くを学ぶ機会になるのです。

 

失敗した直後。

いよいよ社長の出番になるのです。

 

「何が、いけなかった?」

「そこに、どんな法則性がある?」

「次は、何を変えていこうか?」

 

社員が謙虚になる、唯一のタイミングに

つけこんでください(笑)。

 

このときこそ、彼らが学び、成長するための

一歩となるのです。

 

 

ここで。

「失敗なんてさせられない」という社長。

 

では。

いったいいつまでその仕事をご自身で、

やり続けますか?

 

経営者にとって最大の敵は、「恐れ」です

よね。

 

社長自身のセルフコントロールが、会社の

行く末を握っています。

 

もちろん、事故につながるような事案は

別として、

「OK.やってみな。責任は俺がとるから」

 

という一言を、伝えてみませんか?

 

 

経営者は常に孤独です。

 

そんなときの不安をよく俯瞰し、分析し、

解消するために、ビジネスコーチが存在

します。

 

社長と同じく、「経験」と「解釈」のある

パートナーと、組んでみてはいかがでしょうか。

 

 

<まとめ>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

・人は「経験豊富」だけでは成長しない。

経験は、与えられるもの。

 

・成長には「解釈」も必要。

解釈は、自分でおこなうもの。

 

・成功よりも、人は失敗から学びやすい。

 

・成長する人は、やっぱり頭が良い。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

~人生とビジネスをフローにするために★☆

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

 

わずかな言葉で

 

多くのことを理解させるのが、

 

大人の特質なら、

 

小人はこれとは逆に、

 

じつに多くの言葉をしゃべり立てながら、

 

相手に何ひとつ伝えていないという

 

天賦の才能をもっている。

 

 

2018/06/08

「近頃の若いモン」を動かすしかけ

こんにちは。
リバース・フロウの清原です。

 

関東地方も、いよいよ梅雨入りですね。

皆さま、体調は崩されていませんか?

 

私はもう年なのか、この1カ月超、体調が

絶不調でした。

計3つの医院に通い、文字通り「薬漬け」。

今ようやく、脱しようとしています。

 

もちろん、周りに迷惑がかからないよう、

自分をだましだまし仕事をしていますが、

 

ここまでひどいと、ふとした時に、冗談で

なく、自分の「死」を意識するものです。

 

生命保険の証書はここ。

葬式になったら●●さんに相談して。

最低限、このクライアントさんたちに連絡して。

 

こんなことを家族に伝えていたものです。

おかげで、色々と身の回りがスッキリしたなと

思います。

 

 

 

今日のテーマは「近頃の若いモン」を動かすしかけ

です。

 

 

私は体調絶不調でフラフラのとき、ある尊敬する

方から勧められて読んだ、2冊の本があります。

 

 

『若手を動かせ』(中村トメ吉)

メンズ理容業界に旋風を起こしているOean Tokyo

の創業者による、今どきの若手の動かし方について。

 

『小売再生』(ダグ・スティーブンス)

衰退の一途をたどる小売業界が、今後「メディア」

として大変身できる可能性を示唆する、一冊。

 

 

2冊とも共通して、「少し先の未来」を知ること

に、とても役に立つ本でした。

 

特に私が関わらせていただいているクライアント

企業の社長は、ほとんどの方が

 

「若手」をどう動かせば良いのか?

 

にとても悩んでいます。

 

 

そして同時に、若手についてどうやら「勘違い」

もされています。

 

それは例えば、最近の若者は

 

夢がない

カネを使わない、

保守的、

コミュ障、

慎重すぎる       等々です。

 

 

でも、

我々人類は、紀元前3000年前から

 

「近頃の若いもんは、なっとらん!」

 

と言い続けていることが、古代エジプト文

明時の落書きからも、発見されたように、

 

とにかく下の世代のアラばかりが、目に

つくようです。

 

 

「若手」という人類はいません。

 

同時に、「年寄り」という人類もいません。

 

 

皆、共通する一定の法則性をもって、

喜んだり、悲しんだり、怒ったり…

 

とにかく同じようなリアクションをして、

同じような人類をやってるわけです。

 

 

紹介した『小売再生』には、最近の若手、

いわゆる「ミレニアル世代」の特徴について、

バッサリ言い切ります。

 

別に、お金を使わないわけでもないし、

外に出かけないわけでもない。

また、別に人とコミュニケーションを避けて

いるわけでもない。

 

こう、明確なエビデンスをもって、証明しています。

 

 

本日のコラムも少々長いので、結論をここでまずは

申し上げます。

 

 

若手に動いてもらうには、

 

彼らの「共鳴」を生むこと。

 

 

彼らの共鳴を生むには、

 

彼らの「問題意識」を掘り起こすことです。

 

 

 

私たちはだれもが、根拠もなく、どういうわけか

「下の世代より自分の方が優れている」と、思い

込みたいようです。

 

実際、なにをもって上の世代は、下の世代より

優れているというのか?

 

せいぜい、私たちは下の世代より、

 

1)小ガネを持っている。

2)経験は多少積んでいる。

3)古いかもしれないけど知識はある。

 

ぐらいのものです。

 

そして、厄介なのが、こうして蓄えてきた

ものが、すべて「正しい」と思いこみ、

 

若手のやることが「まだ未熟だから」という

前提で、「間違っている」と思いこみがちです。

 

 

ここに、私たちが、厄介な年寄りになっていく

罠があるのです。

 

今回は、上の3つのロジックをすべて壊して

みます。

 

たとえば、

 

「俺たちはお前らより、稼いでいるし、

仕事の経験も知識もある。

 

だから、お前ら下の世代は、俺たち年長者の

いうことを、素直に聞いておけばよい」

 

このロジックは破綻しています。

 

だいたいこういう価値観をもった大人について

いくとどうなるか?

 

 

「国に守られている」と本能的に察知している

中年たちは、崩壊前の社会保障制度と、崩壊前の

福利厚生制度によって、逃げ切ります。

 

ところが、こんな大人たちに、同じ価値観を

押しつけられ、信じてついていった若手が老後を

迎えるのは、社会保障制度がとっくに崩壊した後。

 

絶滅の危機にさらされることになるでしょう。

 

 

そして、そんな上の世代を、若手はこう見ています。

 

「会社にしばられて疲れ果て、上司のいない

ところで上司の悪口を言うことにエネルギー

を注ぎ、

そしていくばくかのおカネを握らされて、

無意味なストレス発散ばかりして、

それで自分の居場所を必死に守る上の世代って

…フシギ」

 

 

ここで、コラムに度々登場させている、うちの

長男の話を少しします。

 

彼は中3。

世間では受験生と言われています。

 

彼は弟と一緒に、高校までのエスカレーター式の

私立中小に通っています。

なにもしなくても、そこそこ偏差値の高い高校に

上がる予定でした。

 

ところが、

「上の高校では、得るものがない」、という

理由で、高校部への進学を拒否。

 

で、なにをやっているか。

毎日、学校と食事と寝るとき以外は、ずーっと

パソコンをやっています。

まさに、のめり込むように。

 

標準以上に厳しい父親として、私はそんな彼を

とうぜん看過できず、毎日衝突の繰り返し。

 

家を売り、引っ越しをしてまで入学した一貫校

のエスカレーションを蹴った。

ここまでは良しとします。

 

しかし、そのくせ受験勉強もしようとしない

彼を、どうしても受け入れられなかったのです。

 

 

ところが最近。

面白い話を彼から聞きました。

 

「オンラインゲーム上で出会ったアメリカ人

から、そのゲーム内で使用する、ある製品の

デザインを依頼された」と。

 

かなり手間のかかる作業だったが、先方に納品

したところ、狂ったように喜んでもらい、

そのゲーム内で使えるバーチャル通貨の支払い

を受けた、ということです。

 

彼はこの世界。つまりオンラインゲームで国内

ナンバーワンにもなったことがあるらしく、

電脳の世界では、そこそこの自信をつけたようで

 

「プログラミングを学びたい」と、それ専門

の学科を重視する高校を受験するらしいです。

 

彼は、電脳という世界ではありますが、14歳に

してアメリカ人と、電子辞書を引きながら会話

し、自分のセンスでデザインしたものを買って

もらいました。

 

 

このエピソードを聞いて、気づいたことが

あります。

 

それは、

 

 

上の世代がまったく関与できない秩序がある。

 

ということです。

 

もうここまでくると、お手上げ状態。

「すごいな、おまえ」という言葉が素直な

感想でした。

 

新しい秩序の世界がどうなっているのか?

どうやって関与すれば良いのか?

関与して、こっちの秩序に引き戻すことが

彼にとって幸せなのか?

 

親としてはものすごく焦り、自問する時期が

続きました。

 

が、時代はもう変わったのです。

 

我々、団塊ジュニア世代は、

田舎の田んぼでカエルを取っていた、

その同じ時期にマイコンの出現に触れました。

 

その10年後には、ケータイ電話の出現を目に

しました。

 

その数年後には、インターネットの出現を。

 

さらに10年後には、AIとビッグデータの到来

を目にしました。

 

 

この「時代が変わる瞬間」を、生々しく目撃して

いるのです。

 

こうして私は、上の世代が下の世代のすべての

秩序を把握できていた時代は、もうとっくに終わ

っていたのだと、最近わかったのです。

 

 

「カネを持っている」から偉い。

 

若者はシェアエコノミーという、地球にやさしい

発想を信奉します。

カネの亡者は、もう世の中には必要とされない

のです。

偉いどころか、地球にとって害なのです。

 

 

 

「経験を積んでいる」から偉い??

 

その経験は、これからの若者の人間的成長にどこ

まで貢献できるのか?

 

経験があっても、「知恵」や「教養」がなければ

やはり、害です。

 

 

 

「知識を持っている」から偉い??

 

我々が仕事で得らえる知識の量などは、

 

秋葉原の電気街で、いまや100円で買えるマイク

チップ程度の、メモリ量以下です。

 

そして知識は、AIとビッグデータに集約された方

が、世界はもっと良くなると思っています。

 

 

 

我々世代(40代以前)は、とっくにやって来た

「新秩序」を、まずは認めないといけません。

 

 

新秩序で必要なことは、古い秩序の枠組みで

問題を解決しようとしないこと。です。

 

 

若手は、たしかにおとなしく、失敗を恐れ

すぎる傾向にはあります。

 

でも、そうしてきたのは、我々なのです。

天に向かって唾を吐いても、アホの上塗りです。

 

 

 

問題は、今後の社会を担ってもらう彼らが、どう

自分の力を発揮できる環境を作るか、に焦点を当て

るべきです。

 

そうして、よくやる我々のミスが、これです。

 

「君は何がやりたいの?」

「君はどうなりたいの?」

 

若手にとって、最も不毛な問いかけです。

 

この問いかけに、答えは出ません。

出たとしても、それは上司であるあなたが好む

言葉に、転換されています。

けっして本音は出てきません。

 

 

若手を動かすために必要なのは、

 

「何がしたいか」ではなく、

 

「何が問題だと思うか」です。

 

問題意識を掘り起こすのです。

 

 

ただし、それは個人的な問題のことを言ってい

るのではありません。

 

もっと公的なものに向けられた、「義憤」に

近い問題意識です。

 

 

例えば私が義憤を感じているのは、正直言って

団塊世代サラリーマンの、「甘ったれ体質」です。

 

キャリアの後半は適当に過ごし、会社の資産すべて

を奪い取って、若手に負の財産を残そうとしている

ように、私には映るからです。

 

この貧しきメンタリティーについては、別のメディア

で詳しく発信したとき、小さくはありますが、いわゆる

「共鳴現象」が起きました。

 

この義憤は、人が共感するだけでなく、共鳴となっ

て意思をもったように、複数の人との意見交換とい

う場を生んだのです。

 

 

この義憤。

若手は何に感じているのでしょうか?

 

それを丁寧に汲み取ることが、我々中年以降が

できることです。

 

問題意識は、エネルギーを持っている分、根っこ

で必ず複数の人とつながっています。

 

つながりが顕在化したとき、若手は意思をもって

動き始めます。

 

 

義憤。

もしかしたらその対象は、我々中間層なのかも

しれません。

 

しかし、それを受け入れ、新たな秩序にとって

正しい道を探りたいものです。

 

 

 

<まとめ>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
・若手を消極的にしているのは、その上の世代。

 

・「どうなりたいの?」に答えは出ない。

 

・「何が問題だと思う?」に真の共鳴が

潜んでいる。

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

~人生とビジネスをフローにするために★☆

 

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆

 

(ラ・ロシュフコーより)

 

世間なんかなくっても、やっていけると

考える人は、よほど自分をだましている。

 

しかし、

 

自分がいなければ、世間はやっていけない

と考える人間は、それ以上に間違っている。

 

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2018/05/17

若者をあずかる社長へ。”天職”はあるのか?

こんにちは。
リバース・フロウの清原です。

 

5月というのに、昼間はまるで真夏の暑さですね。

まだしつこく花粉症を引きずる私ですが、先の

大型連休が始まる前の週。

私は生まれ故郷の飛騨高山で、初めて講演をさせ

ていただきました。

 

参加者は、今年から地元で働き始めた新社会人

の皆さん。

私とは親子ほど年が離れつつある若者たちです。

 

そんな若者たちに何を話したらよいのか?

 

全面的にテーマを任された結果、私が選んだの

は、「天職」についてでした。

 

 

今回のコラムは、若者たちを預かる社長に向け

ての応援メッセージのつもりで書いています。

 

若者たちに、ぜひこの話を聞かせてあげてくだ

さい。

 

 

私は、独立を含めて転職回数が6回。

(ちなみに引っ越しの回数は15回)

 

思い返すと、二十数年前に新社会人となり、

3年前に独立するまでずっと、転職を重ねながら

「天職」を探していた気がします。

 

そんな私だからこそ、気づいていることが

あります。

 

あの頃、こんな話をだれかから聞いていたら、

自分はもしかしたら、

もっと早く仕事の面白さに気づいていたかも

しれないな、と。

 

 

それは一言

 

「おまえ。天職なんて探したってないんだよ」

 

という言葉を聞けていたら、と。

 

 

 

 

「こんな仕事がしたかったんじゃない」

 

社会人になりたての私は、与えられた仕事に

対して、不満だらけでした。

 

そのうえ、上司にすぐに盾突くわ、社長からの

食事の誘いを断るわ…

 

とにかく、不平、不満だらけの社会人でした。

 

その根っこには、

「こんな仕事がしたかったんじゃない」という

思い込みがあったからです。

 

そして、よくあるパターンとして3年ほどで、

会社を辞めました。

「この会社ではやりたいことできない」という

理由で。

 

しかし、その後いったん独立して仕事が軌道

に乗ると、また例の不満がたまってきたわけ

です。

 

「これも、やりたかったことじゃない…」

という思いに、またしてもかられ始めました。

 

4年後、事業を辞めて就職しました。

 

この後のことは、想像に難くないでしょう。

5~6年したら転職。この繰り返しです。

 

そんな私はいつも思っていました。

「これは自分の天職じゃない。

次の環境にこそ、それがある」と。

 

 

ただ、面白いことに、自分にとってはポジ

ティブなことも起きていました。

 

年を重ねるにしたがい、

 

仕事に文句を言っている自分がイヤになる

 

ということです。

 

 

いわゆる「仕事観」というものが変わったの

は、33歳のときでした。

 

銀行員として再就職した時代です。

 

当時、私は起業家から一転銀行員となって

いました。

 

その当時のことは、とても新鮮でした。

 

自分が営業で使うモノが、何もかも、会社の

資産として、与えられるのです。

 

パソコンも、ケータイも、ノートも、ペンも。

そして、銀行というカンバンまで「タダ」で

使える…

 

会社にいる社員たちにとっては当たり前の

ことかもしれません。

 

しかし、消しゴムひとつ買うのに、自腹を

切ってきた私にとって、

そこはまるで異世界でした。

 

世間に名の通ったカンバン。

営業のしくみも、モノも、カネ、知名度も

あるわけです。

 

これで、仕事ができないわけがない。

 

しかし、さらに驚いたのは、そんな恵まれ

た状況にあって、多くの銀行員は仕事や

上司のグチばかりこぼしていたことです。

 

これには心底、驚きました。

 

20代のころの私が、そこにたくさんいたのです。

 

文字通り、毎日が衝撃でした。

カネをもらって、知名度をもらって、ツールを

与えられて文句を言っている人種…

 

これが、サラリーマンという人種でした。

 

 

そんな私はいつの間にか、「青い鳥」スパイラル

から脱していたようです。

 

いつの間にか、ではありません。

 

いったん社会から起業という形でドロップ

アウトし、会社に再就職したという、激しい

振れ幅が、私の目を覚ましてくれたのでしょう。

 

銀行時代は入社の瞬間から、スタートダッシュ。

気がつけば4年後には、幹部職の一歩手前まで

来ていました。

 

その4年間、なにを感じていたか。

 

「天職はなかった」

 

という、とてもすがすがしいあきらめ感です。

 

 

「ここにはないどこかに天職が待ってる」

という、妄想から解き放たれ、とにかく

無我夢中で誰よりも成績を挙げることに

集中していました。

 

楽しいとか、楽しくないとか、あまり感じま

せんでした。

 

「やるしかない」というあきらめです。

 

そして、次の独立のときが来ました。

 

それは「やりたいことが見つかった」では

ありませんでした。

 

「今の仕事の中に、天職があった。

そして、そろそろそれだけに集中したかった」

 

という、これまでとは別の理由です。

 

社会に出て、15年目にして、ようやく腑に

落ちた自分なりの「天職」という感覚です。

 

まさに、

あきらめて、目の前の仕事に向き合ったときに、

はじめてそれが天職だったと知ったのです。

 

私の場合、それは「人材開発」でした。

そして、それをやるなら、もうあとは独立する

くらいかな、という具合です。

とても、力が抜けた、まさにフローな状態で

今の私にいたったのです。

 

 

リーマンショックが来ようが、パワハラ上司

と言われようが、

 

目の前の仕事を、最高のカタチに仕上げること

を優先した結果、私はいろんなことを学んで

いたようです。

 

苦節15年、という感じです。

 

 

 

そして、私は先日、若者に伝えました。

 

「天職なんて、探したってないんだよ」

 

と。

 

 

つまり、こういうことです。

 

「天職」というのは、探すものではないのです。

 

 

今の、目の前の、与えられた仕事。

 

それを「天職」だと自分に思い込ませること。

 

 

すると、不思議です。

 

自然と、「感謝」の念が湧きます。

 

自然と、「今まで見えなかったもの」が見えて

きます。

 

自然と、「工夫」をしたくなります。

 

自然と、なんだか「幸せ」な気分になります。

 

結果、自分にしかできない仕事の成果に

つながっていくのです。

 

 

例えば、病院のトイレの清掃のお仕事をして

いるとしましょう。

 

ある清掃スタッフは、

「これが食いブチだから、仕方ない」と思う。

 

すると、その仕事ぶりは、

だらだら、いやいや、いい加減になります。

 

 

でも、また別の清掃スタッフは、

「これは、院内感染を防ぐための、重要な

仕事」と思う。

 

すると、その仕事ぶりは、

気迫あふれ、生き生きと、抜かりなくなります。

 

同じトイレ清掃でも、「見方」をたった一つ

変えるだけで、その成果がまるで違ったものに

なるわけです。

 

 

 

私が生まれ故郷の若者たちに伝えたのは、

 

天職は目の前にあるその仕事なんだよ

 

ということでした。

 

私は、新社会人になったころ、この話がいちば

ん聞きたかったのです。

 

果たして、どこまで本人たちに伝わったかは、

わかりません。

 

 

しかし、仕事で行き詰まったときに、

 

「ああ、あのとき、やたら熱いオッサンが

そんなこと言ってたっけ。

もうちょっと、がんばってみるか」

 

くらいに思ってくれる人が一人でもいたら、

私はうれしいです。

 

 

社長。

 

若い社員たちに、どんな仕事観を持たせたい

ですか?

 

私なら間違いなく、今の仕事の見方を変える

ことから始めます。

 

「その仕事は、誰を幸せにしているのか?」

 

そんなことばかりを考えさせるかな、と。

 

 

彼らが末永く、御社にとびっきりの貢献をして

くれることを願っています。

 

 

 

<まとめ>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

・天職など探しても、ない。

 

・今の、目の前の仕事を天職だと思うと、

取り組み方がまるで違ってくる

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

~人生とビジネスをフローにするために★☆

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

「自分のうちに安らぎを見出せない者が、

 

それを外に求めても無駄である」

 

 

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