2021/01/25

答えは本人の中に「ない」と思う理由

こんにちは。

 

2021年が始まり、1月が終わろうとしていますね。

新型コロナが国内で拡大し、1年が経ちました。

 

例えばこの1年で私たちは、このウィルスについてどれほどのことを学んだでしょう。

その機会は365日、毎日のようにあったはずですが、、、

 

今回は、「人の学び」について考察していきます。

 

 

■答えはその人の中にある?

 

「答えはクライアントの中にある」

例えばコーチングを学ぶと、必ずこう教わります。

 

答えはその人のなかにあって、

コーチはさまざまな良質な「問い」により、

本人が答えを見つけるのを手助けするのだ、と。

 

近年の私は、この原理原則について、全面的には同意をしていません。

 

なぜなら、

「その本人が出す答えは、なにをもとに考察されたものか?」

に、大きく左右されるからです。

 

 

例えば、問うことによって、

「いじめは、良いことだ」と答えを出した人がいるとします。

 

あるいは、

「人種差別は、進めるべきだ」と答えを出した人がいるとします。

 

 

もし、「答えは本人の中にある」という立場を頑なに守るなら、

それをいったん肯定しなければなりません。

 

本人がそう言っているのだから、それが正解だ、と言えるでしょうか?

 

 

もちろん、これを肯定するまでもなく、誰にだってこれらの答えには違和感が生じるはずです。

 

企業でいえば、上司と部下とのコーチングや1on1など。

答えを押し付けないで、本人から引き出すことが奨励されています。

もちろん、それについて意義はありません。

 

しかしながら、

部下から出てきた答えは、それほどまでに尊重されるべきなのでしょうか?

 

 

 

■なにをもとに答えを出したのか?

 

 

私は、

 

正しい知識のない人が、正しい答えにたどり着くはずない

 

と思っています。

 

 

相手は、どんな情報ソースをもとに、答えを出したのでしょうか?

 

 

例えば昨今の新型コロナについて、

 

カルト的な信仰の経典によって得た情報

感染者本人が語ったのを聞いて得た情報

ワイドショーを見て得た情報

最新の研究論文を解読して得た情報

 

どの情報ソースを信じるかによって、持つ信念も、言葉も、答えも違ってくるでしょう。

 

ことコロナに関していえば、すべての情報ソースが一見、信ぴょう性を持っているため、

この信奉が強くなりすぎて、話題にするだけで過剰に感情的になる人が続出する始末です。

 

誰もが、「自分の意見こそ正義」と主張し始めると、必ず人に押し付けようとします。

それが、争いの始まりです。

 

 

少し横道にそれましたが、

本人の中に答えがある、と信じることは、極端な話、

どんな極端な答えであっても、それが正解として受け入れることになってしまうわけです。

 

 

■情報源の精査が必要

 

私は本を読むことが好きです。

 

特に、

自然科学

統計学

哲学(東西問わず)

が好きです。

 

すると、私から発信される言葉の一定割合は、こうしたジャンルの本から得た知識がもとになっています。

 

 

コーチングや1on1で、クライアントや部下から答えを引き出そうとします。

そのとき例えば、

もしクライアントや部下が、まったく勉強もすることなく、日々をなんの疑問も持たず、

ただ無為に時間を過ごすような人だったとします(実際にはいませんが)。

 

そういうタイプの人に、「あなたはどんなキャリアプランを描いているの?」と質問して、

答えが出てくるでしょうか?

 

出てきたとしても、それは、

 

どこかで聞いた「他人の言葉」

 

しか出てこないでしょう。

 

つまり、

 

借り物の言葉であり、自分が探して見つけた答えではないのです。

 

 

それを、「本人の口から出てきた答えだから」と、尊重するのでしょうか?

 

 

■対話の前にしておくべきこと

 

こうして上司は、日々の忙しさに加え、繰り返される手ごたえのない部下とのやりとりによって、

どんどん消耗していきます。

 

私は組織内で、コーチングや1on1をすべきだと思っています。

 

が、こうした対話には、それなりの準備が必要だとも、思っています。

 

 

それは、

 

相手の前提条件の確認

 

です。

 

 

相手が、どんな立場に立って意見を述べようとしているのか?

ということです。

 

会社が嫌い、という人なら、

会社が好き、である自分と、

最終的には折り合いがつくはずありません。

また、

仕事は金のためにやっているんだ、という人なら、

仕事自己実現のためにやっているんだ、という自分と、

合意にいたるはずありません。

こうして、世の中には、

 

一見、有意義なテーマが、

不毛な対話に終わる。

 

というパターンであふれかえっています。

 

 

キリスト教的立場

仏教的立場

イスラエル教的立場

儒教的立場

 

大きく見れば、世界は、さまざまな立場に立つ人がいて、

その立場の情報ソースをもって意見を述べています。

 

足元の組織でいえば、

上司も部下も、例えば会社、仕事、などをどう考えているのか、違って当然です。

 

立っている立場違えば、情報ソースも違い、出てくる答えも違います。

 

 

対話を始めるためには、

テーマについてのお互いのリテラシーを確認すること

が必要な条件となります。

もちろん、多くの人は、それなりのリテラシーを備えていて、

それなりの答えを出そうとしますが、

 

やみくもに相手の言っていることを信じ、

かえって質の悪い人をつけあがらせてしまわないよう気をつけましょう。

 

 

人の良さも必要ですが、

ときには、冷静に疑う意地悪さも、

特に「今の世の中」には必要ですね。

 

 

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

ほんとうの雄弁は必要な事は全部しゃべらず、
必要以外は一切しゃべらぬということである。

2021/01/18

個人の違和感と、集団の同調圧力

こんにちは。

 

2021年が明けて早くも1月の後半を迎えようとしていますね。

 

緊急事態宣言下、都内では日中の人手が減らない、と問題視されています。

お馴染みの「不要不急」という言葉もまたもや広まり、それに該当する行動は控えるよう言われていますね。

 

今回、真正面から、私がこの現象に感じた違和感を言葉にしてみたいと思います。

 

 

■何でもかんでも「不要不急」な社会

 

緊急事態宣言の御旗が掲げられると、

どうやら世の中の大半のことが「不要不急」に振り分けられてしうようです。

 

 

田舎の家族に会いに変えることも、不要不急。

 

施設に入っている老親を見舞うことも、不要不急。

 

直接会って話した方が良い商談も、不要不急。

 

仕事を引き継ぐために予定していた出張も、不要不急。

 

 

他にもさまざまなことが、「じつは不要不急だった」と言われ始めているこの雰囲気に、

私は大いに違和感を持っています。

 

仕事柄、私はお客様と、「ものごとの優先順位」のつけ方、それらの取り組み方について

話し合うとき、必ず活用する「4つの象限」つまり、

「緊急度と重要度のマトリクス」というフレームワークがあります。

 

※挿入図参照

図1

 

「7つの習慣」で有名な、コヴィー博士が提示した考え方がもとになっています。

 

 

■で、このマトリクスに当てはめると?

 

詳しくはここでは説明しませんが、

大まかに言うと、ものごとの優先順位は、「緊急度」と「重要度」の2つの軸によって

決めるとわかりやすいのです。

 

すごくシンプルに紹介しますと、

 

象限1)緊急かつ重要「集中する」

今すぐやらないといけないし、先延ばししたら大変なことになること。

例:最も成果の出る仕事など

 

 

象限2)緊急ではないが重要「コツコツやる」

コツコツやっておかないと、あとあと大きく響いてくること。

例:コツコツ勉強しないと受験に合格できない。部下とのコミュニケーションをおこたり続けて」、結局会社を辞められてしまう。

 

象限3)緊急だけど重要ではない「さばく」

今すぐ、その場しのぎでいいからやらないといけない義務。

例:顧客トラブル対応。仕方なく呼ばれた会議への出席。

 

象限4)緊急でも重要でもない「やめる」

かかわっているだけ時間のムダ。やめるか、誰かに任せる。

例:それは本人が決めること(笑)

 

 

この4つの象限(マトリクス)に照らし合わせると、

つまり「不要不急」というのは、象限4「やってるだけ時間のムダ」

に分類されてしまうわけです。

 

 

■本当にそれはムダだったのか?

 

「不要不急」はまさに、水戸黄門の印籠のように、

こう言っておけば、誰もが言うこと聞いて行動を控えたくなるような力を持っています。

 

 

しかし、もう一度そこで立ち止まって自問してほしいのです。

 

「やろうとしていたことって、本当に、それほどムダなことでしかなかったの?」と

 

 

「不要不急なんだから、自粛に協力しなさい」というのは、

要請という名の強制であり、

ある意味では他人からの価値観の押し付けでもあるのではないでしょうか。

それこそが、同調圧力というものです。

 

不要不急だけがひとり歩きしていますが、もう少し言葉遊びをしてみれば、

 

 

1)必要火急 (上記マトリクスの「象限1」)

 

2)必要不急 (上記マトリクスの「象限2」)

 

3)不要火急 (上記マトリクスの「象限3」)

 

が、とうぜんあって然るべきではないでしょうか?

 

さらに、上記3つを含めて、

不要不急は、個人の価値で判断されるべきものです。

 

 

何でもかんでも不要不急(マトリクスの「第4象限)に振り分けて、

「ムダだ」と切り捨てさせようとすることに、違和感を感じませんか?

 

言葉遊びであっても、言葉自体が広まれば、それはパワーを持ち始めます。

 

 

遠く離れた病気の親に会いに行くことが、本当に「緊急でも重要でもない」のでしょうか?

大切な顧客のフォローをするために会いに行くことが、本当に「緊急でも重要でもない」のでしょうか?

仕事の引継ぎで出張することが、本当に「緊急でも重要でもない」のでしょうか?

 

むろん、だからといって、人に会うことを強く勧めているわけではありません。

 

わかりやすい言葉を、よく吟味もせずに使うことで、受け手には想像以上の影響を与える。

ということが申し上げたいのです。

 

 

■違和感こそ大切に

 

台湾のIT大臣、オードリー・タン氏は本の中で、日本の状態を指していわく

日本でダイバーシティが浸透しにくいのは、日本独特の”一枚岩”文化が原因なのでは」と、

痛いところを突いています。

 

以前私もこのコラムで申し上げたように、

 

足並みをそろえることは、「見た目」はきれいです。

 

ところが、足並みをそろえることによって、もし進む方向が間違っていたら、

玉砕にだってなりかねません。

 

要は、歩を進めるひとりひとりの納得度が大切なのです。

組織のトップが、足並みをそろえることを少しでも社員に強制すれば、

強制された社員は、さらに他の社員にそれを強制します。

 

そして、足並みをそろえない社員を異端児として扱い、

重要なポストから外したり、陰口を言ったりします。

 

これが、タン氏のいう「一枚岩の弱さ」つまり、

ダイバーシティが進まない理由ということなのだと思います。

 

 

「多様性は大切だ」と誰も判を押したように言います。

しかし、その直後、自分と足並みをそろえない社員を役から外したりしているとか、

よく聞く話です。

 

 

■組織は「安心感の集合体」へ

 

すでにコラムでも共有しましたように当社は、組織開発の最上位概念を「ケアループ」と位置付けました。

 

それは、ひとりひとりが持つ「違和感」を大切にする、ということでもあります。

 

なぜなら、違和感こそ、人間だから持ち得る感覚だと思うからです。

 

その違和感を共有できるからこそ、組織は「安心感の集合体」になっていくのです。

 

ダイバーシティが実現されるための、ようやく踏み出す一歩となるのです。

 

 

いまこそ同調圧力を解いて、

 

ひとりひとりの違和感に耳を傾けてみましょう。

 

ブレイクスルーは、そんなところから生まれます。

 

 

 

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

あまり利口でない人たちは、一般に

自分のおよび得ない事柄については

なんでもけなす

2021/01/11

「もう若くない人が、まだ若い人にしてあげられること」

こんにちは。

 

新成人たちが誕生しましたね。

ただ今年は、例年とは様子が違うようです。

 

自宅の近所の井の頭公園には、晴れ着を着た新成人たちが、こぢんまりと遠慮がちに集まり、立ちながら談笑していました。

 

察するに、式が中止となり、かといって予約の晴れ着をキャンセルもできず、

久々に旧友に会える楽しみもくすぶったまま、

なんとなく同級生同士が声をかけあって、遠慮がちに集まったという様子でした。

 

彼らの気持ちを慮ると、やりきれない思いになりました。

 

 

若者たちの活力が奪われていくような昨今の様子を見ていて、今回のコラムのテーマを決めました。

 

「知の循環」というものについて、思うところを記してみたいと思います。

 

 

■『ケアループ』について

 

前回のコラムで私は、どんな組織にも『ケアループ』という概念が必要だと申し上げました。

 

ケアループとは私がつくった造語ですが、

当社がサービサーとしてお客様に貢献するための、ビジョンのようなものです。

 

人が、誰かを気にかける。
気にかけられた人が、その相手のことを気にかける。
それがループ(輪)のようにいくつも存在し、
その輪に、自然と他の誰かも入っていく。
それらがいつまでも組織の中を循環する様子。

 

いわば、人が実感として得る「安心感」がまずあり、

その「安心感の集合体」としての組織をめざすべきと考えています。

 

人は安心できる「身の置き場」があってこそ、力を発揮できます。

 

昨年、”リモートなんとか”がたくさん生まれ、

本当に大切な「生身の人間」として必要なことを、

多くの組織が忘れてしまっているのではないかと、私は危惧しています。

 

そんな背景から、『ケアループ』という概念をシェアしました。

 

 

■その姿勢は、誇れるものですか?

 

台湾のIT大臣として一躍脚光を浴びている、オードリー・タン氏によれば、

 

「年長者が経済活動に取り組む場合には、

ただの知識ではなく、”英知”にもとづいて行動すべき」

 

とのことです。

 

タン氏に言われるまでもなく、こうした内容は繰り返し、言われてきたことです。

 

しかし、敢えて今、私も含め「年齢的にもう若くない」と思っている方々が

理解しなければならないのが、この姿勢です。

 

例えば、

「自分はもうあと何年もすれば引退だから、今さらがんばりすぎることなく、ひっそりとその日を待とう」

とか、

「この会社もどうせ辞めるだろうし、もらえるものだけもらうまで、おとなしくしておこう」

などといった考えを持っている方たちがいる

と、私は何度も聞いたことがあります。

 

たしかに気持ちはわからなくもないです。

 

しかし、あえてそういう方たちに問います。

 

「はたしてその姿勢は、自分で誇れるものでしょうか?」

 

近い将来やってくるはずの、安穏たる日を待ちわびながら、

目の前で起きる日々の面倒なことに、「もう私には関係ない」と目をつむる。

 

そんな姿を若い後輩たちに見せることに、気持ちは曇りませんか?

 

 

■若くない人が、若い人にしてあげられること

 

広く世間を見渡してみると…

 

コロナ拡大により、私たちはたくさんのものを失いつつあります。

そして、その中でも最たるものが、「若者たちの活力」だと思います。

 

ただでさえ少子高齢化社会の日本。

もうすぐ寿命を迎えるかもしれない老人を延命するために、

国力ともなる若者たちの活力を奪い続ける。

 

最近の国内の様子は、そんな風に見えなくもないですね。

 

今年の成人の日、

行き場を失くした新成人たちは、その持てあました活力を、どこで発散したのでしょうか?

 

わが身を大事にする気持ちは、とうぜん誰にでも備わっています。

しかし、それが度を越えれば、

必ず、誰かの財産を奪ってしまうことになるのです。

 

私を含め「年齢的に若くない世代」が、「年齢的に若い世代」にしてあげられること。

 

それはやはり、

生きていくための「希望」を持たせること

だと思います。

 

人生を生きるための英知。

キャリアを充実させるための英知。

 

まさに、知識でなく、「英知」なのです。

 

なぜなら、

知識にひもづいた関わり方をされても、

若い人にとっては、「もうじゅうぶんです」つまり、「Too Much」だからです。

 

知識というのは特にこれからの時代、減価償却のスピードが速い、つまり、すぐに陳腐化してしまいます。

 

それよりも、

私たちがこれまでの人生での経験、キャリアでの経験をもとに得てきた「英知」は、

自分たちひとりひとりに備わっているものです。

そして、自分にしか語れないものなのです。

 

それが、若い世代にとっては、「道しるべ」となることだってあるのです。

 

 

■「知の循環」を

 

『ケアループ』が築かれている組織というのは、この「知のバトン」がうまく循環している組織だと思います。

 

自分よりも若い後輩を気にかける。

対話の機会が生まれる。

後輩に向けて語られる言葉に、未来へのヒントが見つかる。

知のバトンはこうして、組織をいつまでも循環していくべきです。

 

そしてこれは、いわゆる「英知の贈与」とも呼べる行為です。

 

贈与された英知は、

やがて贈与を受けた側の”血肉”となり、

その人がみずからの英知にまで昇華させる。

そしてまた、後進たちに、自分の英知として贈与する。

 

こうして組織は、英知というレガシーを、消耗させることなく

受け継いでいくことができるはずです。

 

 

そしてこれはもともと、年長者が、

 

「積極的に後輩と関わろう」

「積極的に英知を残そう」

 

という姿勢からしか生まれてないのです。

 

 

今の国内での、エゴがやや行き過ぎた潮流を見ていて、切実に思ったことを綴らせていただきました。

 

 

今こそ、生き方が問われています。

 

 

どうか皆様、

自分ばかりでなく、

世界中の人たち健やかな日を迎えらえるよう、

広く公儀な目をもって、行動しましょう。

 

 

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

青年は熱い血によりその趣味を変えるし、
老人は習慣によりその趣味を保つ。

2021/01/04

組織に『ケアループ』という提案

2021年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

なにか特別な年明けのような気分でしたが、どのような年末年始を迎えられましたか?

 

私は何かとたいへんだった2020年を振り返って詳しく精査し、2021年からの取り組みテーマを決め、新年は3冊の本を読みました。

そういった意味では、いつもよりもかなり落ち着いた年末年始を迎えられた気がしています。

 

そんな中で、これから自分、そして当社がどのような価値をお客様に提供できるのか、

あらためて立ち止まって考えることもできました。

 

 

今年最初のコラムテーマは、そこから思い至った「ケアループ」というサービスコンセプトについて、お伝えしたいと思います。

 

これは、昨年一年間を通して経験したことをもとにまとめた、当社の取り組みの最上位概念とも言えるもので、

このコンセプトに向けて、今後の当社のサービスすべてが収れんされていくべきと考えています。

 

また、これからの時代の中で生き抜くあらゆる組織にとっても、軸となるコンセプトになってくれれば良いとも思っています。

 

 

 

■「ケアループ」が組織に必要な理由

 

ケアループ」は、私が考えた造語です。

 

 

簡単に説明しますと、こんなイメージです。

 

 

人が、誰かを気にかける。

 

気にかけられた人が、その相手のことを気にかける。

 

それがループ(輪)のようにいくつも存在し、その輪に、自然と他の誰かも入っていく。

 

それらがいつまでも組織の中を循環する様子。

 

そんなしくみを組織のなかに根差したい、と考えました。

 

いや。根差したい、よりも、なければいけない、と強く思い至りました。

 

 

 

■「コミュニケーションの寸断」を生んだコロナ

 

その理由は、やはりコロナ拡大による「コミュニケーションの寸断」です。

 

当社のお客様には年末のごあいさつメールを差し上げましたが、内容の主旨は、

 

コロナ拡大によって起きた最も深刻な事態は、コミュニケーションの変容であった、

ということです。

 

人類が20万年前に誕生して以来、私たちの生命を維持するもっとも大切なものは、

「代謝」そして

「コミュニケーション」

だそうです。

 

そのうちのひとつ、つまりコミュニケーションの在り方が、初めて変容を迫られています。

 

マスクで表情も見えない。

モニター越しで相手の考えが読めない。

言いたいことが伝わらない。

 

といったストレスからか、ハラスメントやメンタル不調が発症するケースはむしろ増えています。

 

また、もっと心配なのは、

離乳食にさしかかった子供が、「咀嚼」の仕方がわからなかったり、

笑顔を知らない乳児がいたり、

あるいは、

同級生ができない学生や、家族に会えない老人

といったお話を聞きます。

 

はたして「心の距離」までが生まれてしまう時代が、ニューノーマルであって良いのでしょうか?

 

 

たしかに。

「今は」やむを得ないことなのかもしれません。

 

しかし。

一見目新しい、リモートワーク、リモートコミュニケーション。

その本質は、「問題だらけ」なのです。

 

 

 

 

■この時期に爆買いされるオフィス

 

ここに来て、GAFAによるオフィス爆買いは、勢いを増すばかりだそうです。

 

リモートワーク時代だからといってオフィスを手放す企業が増える一方で、

GAFAを代表とするIT大手は、オフィスを買い漁っているという事実。

 

一見、時代の最先端を行く企業が、時代と逆行している。と見えなくもありません。

 

何のために、いまさらオフィスを積極的に展開するのでしょう?

 

 

「人に触れるためだ」

という、関係者のコメントを聞きました。

 

 

人の知識は、共有しないと、知恵になりません。

つまり、集合知です。

 

知識と感性を持ち寄り、共有させ、交流させ、共感し、議論し、集合知として練り上げていくには、

人が人に触れられる距離にいないと、叶いません。

 

例えば、オフィスにいれば、こんなことはよくあると思います。

 

すれ違いざまに、同僚に互いに声をかける。

そこから得た情報が、自分の”暗黙知”とつながる。

席に戻って、誰かにそれをアウトプットする。

 

あるいは、

 

リフレッシュルームでコーヒーを淹れる。

そこで聞こえてくる、メンバーとゲストの何気ない会話。

そこに、自分が持っていた課題(暗黙知)とつながる。

思わずその輪の中に、自分も入る。

 

こんな、知の見える化のための「コミュニケーション」が、コロナ拡大前までは当たり前のようにありました。

 

 

もちろんGAFAだけではないでしょうが、多くの企業は知っているのです。

 

そんな日常的な「人と触れ合える」コミュニケーションから、

社会の課題を解決するヒントが、どっさり生まれる、ということを。

 

 

■「ケアループ」を今こそ

 

当社も昨年は、急なリモートへの対応策として、

リモートコミュニケーションに関するリテラシーを共有させていただきました。

 

が、それは、あくまで一時的な「措置」であり、手法でしかありません。

その際も繰り返し、

「顔を突き合わせてのコミュニケーションが圧倒的に効率が良い」と申し上げてきました。

 

そしていまだにリモートワークは「異常」なことだ思っています。

 

もしも、リモートでのコミュニケーションをニューノーマルというのなら、

私はそんな流れに乗ることを明確に拒否します。

 

時代のリクエストに盲目的につき従うことこそ、危険です。

 

極端かもしれませんが、こうした姿勢こそが、

あの「全体主義」の時代をまた迎えてしまうことにだってなるのではないでしょうか?

 

 

ケアループの本質は、

 

まず、人が他人を気にかけること、から始まります。

 

従来の「上司部下」、あるいは「サービサーとユーザー」という枠組みを超え、

自分に関わる人を”個”として気にかける、という「輪」。

 

相手の温度。つまり感情、体調などを気遣う輪です。

 

リモート環境の今だからこそ必要な、「生身の人間どうしの気遣い文化」です。

 

その「輪」(ループ)を、組織内にいくつも作り、

その輪の中に、できるだけたくさんの人を入れてあげることが、

人間らしいコミュニケーションが取れる、これからの組織の在り方だと思うのです。

 

 

 

■組織は「安心感の集合体」へ

 

 

リモート環境下だからこそ、人が人を気遣い、気遣われた人の気持ちが少しでも安らぐ。

 

たったそれだけのことでしょうが、そのひとつひとつの「安心感の集合体」こそが、

これからの組織が目指すべき姿なのだと確信しています。

 

安心感の集合体であるからこそ、

人が本来の力を発揮できる土壌になっていくのです。

 

リモートワークが当たり前となった一方で、

社員の悩みは、まったく変わりません。

 

それは「孤独を感じる」ことが多くなった、ということです

 

この事実から目をそらしてはいけません。

 

人が本来の力を発揮するには、健全かつ安全な「身の置きどころ」が必要なのです。

 

今すぐに、取りかかりませんか?

 

 

私は今年、当社サービスの最上位コンセプトを、この「ケアループ」として、

あらゆる取り組みをここに収れんさせていくつもりです。

 

 

「強い気持ち」で、人にやさしく関わっていきましょう。

 

 

どうか2021年は、社会や企業が、より個人に寄り添うやさしい一年であることを祈りつつ。

 

 

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

弱さは、悪徳が美徳に反するより、
もっと美徳に反する

 

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