2020/06/23

料理の失敗を重ねて学んだこと

こんにちは。
リバース・フロウの清原です。

 

ここ数日、梅雨らしい湿気の多い日が続いていますね。

全国的に緊急事態は解除されましたが、「緊急事態前に戻ることはできない」

という認識を、私たちはもつ必要があると思っています。

 

そんな新たな生活様式を試みるなか、私自身があらためて気づかされたことについて、今回はつづっていきたいと思います。

 

この新生活様式で手に入れたいくつかのことがある、と先日お話ししましたが、

その中に、「料理のレパートリーが増えた」という成果もありました。

 

しかし、それは一言でいえば、私の「自己満」の生活様式かもしれない、と気づかされた一件についてです。

 

自粛をいいことに仕事ばかりしている自分が、いかにも能がないなと思い、

家族にとって少しは役に立とうと、いくつかの新たな料理のレパートリーに挑戦をしました。

 

いくつかは美味くできました。家族の評判もそこそこです。

しかし、いくつかは、自分でも「ぜんぜん美味くない」のがわかるのです。

 

美味くない料理というのは、いったん出来上がってしまうと、あとで必死に味付けを変えようとしても、やはり美味くないままです。

 

その美味くない料理を、息子たちは「ふつーにうまい」と言いながら食べるのですが、少し手を付けた後に、昼ご飯の残りを食べ始めました。

明らかに私に気を遣ってくれているのが伝わり、よけいに落ち込んでしまいました。

 

 

「人間、失敗からしか学べない」と、いつも私は言っています。

 

ですから、ここから学んだことを謙虚に挙げていこうと思います。

 

 

まず1つめ。

 

「マニュアルどおりにやることの大切さ」

 

「勘」とか「感覚」というのは、ある程度経験を積まないと養うことができません。

これはもちろん、仕事でも同じですね。

勝手に我流を通す人がいますが、うまくいくのは、「偶然」か、「よほどの天才」か、です。

天才は、世の中の0.5%という確率を見れば、ほとんどの場合、

「たまたまうまくいった」のを自分の実力だと信じているケースが多いのがわかります。

守破離とはよく言ったもので、感覚に自信がつくまでは、ひたすら「守」を通すことの大切さを、痛感しました。

 

 

そして2つめ。

 

「全体を俯瞰することと、段取りの大切さ」

 

マニュアルどおりに料理を進めても、突然「え?こんな下ごしらえ、どこに書いてあったっけ?」ということに何度も出くわします。

これはつまり、マニュアルに取りかかる前に、すべて最後まで読み切ってから、成果のイメージをすること。

そしてようやく、実際にことに取り掛かる、ということが必要だったと気づいたわけです。

 

 

最後に、3つめ。

 

「妻の打率が”10割”であることのスゴさ」

 

これが私にとっては最大の驚きと気づきでした。

今まで妻の料理を、一度も「美味くない」と思ったことがなく(むしろ、毎回美味い)、

それだけでも十分であるのにかかわらず、

その美味さを、ムラなく「毎日2~3食、ひたすら20年近く作り続けている」ことに、えも言われぬ畏敬の念を覚えたのです。

「打率10割 20年間」という驚異です。達成が難しい、とかいうレベルではありません。

世の中の母親という存在に、深い感謝と尊敬の念が沸き上がってきました。

 

 

思えばこの外出自粛期間というのは、私に、人生にとって大切なことを気づかせてくれた期間でもありました。

 

むろんこれまでも、「自分はただ仕事をして、家族を食べさせていれば良いんだ」という考えは持っていませんでしたが、

もう少し地に足のついたところから、今の自分を見直すおおきなきっかけを、この期間は私に与えてくれたと、ひとり感慨に浸っています。

 

 

こうして得た経験は、私にとってかけがえのないものとなりそうです。

 

 

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

◆◇◆ 今週の箴言(しんげん)◆◇◆
(ラ・ロシュフコーより)

 

何かを強く欲する前に、

現にそれを所有する人がどれだけ幸福かを

確かめておく必要がある。

 

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